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やっぱりショーとライブに限る

記事をUPしたのは23日だけど、原稿を書いたのは20日の深夜。NHK-BSプレミアムで放送中の「水樹奈々―LIVE UNION2012」を見つつ、原稿を書いていた。
まあ見ていても、原稿に目を向けて聴いているだけでも楽しい。
自分はその数日前、たまたま「ジャン・ルイ・ファージョン」「エドワード8世」「Misty Station」
のDVDを見たばかりだった。
これらの映像を見比べて、自分のミーハーっぷりを再認識。
前の芝居2作は、どちらも台詞が非常に多くて、集中して聞かないとストーリーを追えない。ひどく言うと、かったるい。
どっちも決して駄作ではないし、セットや衣装は綺麗だし、ストーリーの題材も申し分ないのだが、劇場に居たら9割がた(エドワード8世は実際観てたけど)、「早くショー(orフィナ―レ)になんないかなー」と思ってた。
一方「Misty Station」は、昨年の観劇以来初めて映像で見たけど、自分の記憶以上にいいショーだった。何度もリピート中。
トップのきりやんの「旅」というコンセプト、プロローグの曲と衣装、個人的になじみある曲(PRIDEのテーマ、魂のルフラン、集結の園へ)、終盤のAloe againのジャズアレンジでの、黒燕尾とホワイトドレスでの組子全員のダンスと、お洒落で飽きないショーになっていた。自分の中で「BLUE MOON BLUE」を抜きサイトー先生の最高傑作に。
で、宝塚の芝居とショー、それにライブの動画を見て思った。

あーやっぱ俺、根っからの演劇好きじゃないわ。そして、
ショーがなかったら、ヅカオタになってない

芝居よりショー、レビュー。その徹底ぶりはやばい。
「芝居なんかいいから全編ショーで興行つくれ」とか「後半のショーだけ正規料金より安い値段で観れるシステムがあればもっと通うのに」と思うくらいだし、僕が家で繰り返し観る宝塚の作品って、ほぼすべてショーだ。たまにNHKとかで放映する作品でも、芝居は録画だけして放置し、ショーだけ繰り返し見ている。あまりにもひどいと芝居は録画すらしない。僕にとっての宝塚のイメージは、ベルばらでもスカピンでもなく、テンションが高まる音楽、キラキラの電飾やセットの中、セリや銀橋を駆使してスターが歌い踊るショーである。
芝居でも、好きなのはエリザベートとかA/Lとか銀河英雄伝説とか、歌やダンスの比重が多い作品だ。
本質的には、芝居や台詞劇とか、狭い意味での「演劇」には関心が薄いんだろう。
一方で、ガキの頃から「子供らしい」「若者らしい」趣味ではなかったものの、Jポップ、歌謡曲、ジャズ(といってもスタンダードナンバーが殆どだけど)、アニソンと、音楽全般については自分なりに楽しんできた。
そしてヅカオタになってから始めた趣味も、ミュージカルや演劇ではなくダンス。「演じること」が主体の芝居より、「歌」「踊り」が主体のショーが好きという傾向からみても、深く考えず楽しければいい!的なミーハーぶりは明らか。
 しかもショーに病みつきになったおかげでミーハーぶりに拍車がかかり、ショーで使われた楽曲の原曲をたどったり、(僕の周りの猛者の足元にも及ばないが)アニソンライブや声優ライブに手を出すようになった。
歌舞伎にさほど興味が湧かないのも、四季や外部の演劇に宝塚ほど食指が動かないのも、ショーがないせいだろう。興味がないわけではないし、行ったこともあるけど、「楽しさ」という点では、ライブイベントの方に分があるか。
もし宝塚にショーがなく、普通のミュージカル劇団だったならば、僕は宝塚とは無縁の生活を送ったかもしれないし、あるいはもっと純粋に、四季や宝塚や東宝のミュージカルを楽しむ人間になっていたかもしれない。多分前者だったろうが。
てなわけで、個人的には小林一三御大よりも、白井鐵造先生の方に感謝しなきゃいけないのかな。
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