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社畜の安寧

今の会社は、決して悪いところじゃない。無茶なノルマもないし、ヤクザまがいの叱責もない。
メインとなる仕事自体は面白いといえば面白い。
それでも、40代や50代、髪は白く薄くなり、腹は出て成人病と隣り合わせになるような年まで今の仕事を続けたいかと言われると、それは考え物だ。
全てを仕事に捧げ、有給も取らず、唯々諾々と従っていれば首になることも苛められることもないだろう。典型的な古い体質の日本企業である。
会社でやりたい目標があることはあるが、それを実現するには5年前後はかかる。この5年というのが厄介で、
承知の通り日本は年齢を重ねる程に可能性が狭まる社会だ。
34~5歳(※)くらいまでやってみて自分のやりたいことをやってしまって、その時に転属の見込みがないなど、先が見えたら辞めて外に行くという選択肢がかなり魅力的ではある。
ただいわゆるホワイトカラー的な仕事ではなく、汎用的なスキルがつかないのが急所だ。
年ばかり食って、他で通用する能力もないまま、理不尽な扱いを受けても、辞めたら他に行き場がない不安を抱えて我慢して勤め続けるしかない、
というのが想定されるワーストケースだ。
僕には仕事とは別に好きなもの、もっと知りたいもの、当事者として関わってみたいものが沢山ある。
本も読みたいし音楽聴いてるだけで一日潰すのも悪くないし、海外や日本にも行ってみたい場所が沢山あるし、即売会やサブカルチャー全般にもずっと興味を持ち続けたいし、観劇やライブ行脚もウェルカムだ。歴史上のどうでもいい薀蓄も貯めこむのは大好きである。
友達には、以上にあげたもの全部を一人でやってる人こそいないが、
海外旅行やアイドルのイベント遠征し放題の人やベテランの即売会スタッフ、声優ライブ通いの猛者や同人作家や「踊ってみた」の企画に出るために遠征してくる人までいる。
自己責任だなんだと言われて俺一人が我慢しなきゃいけない理由なんざない。

この、労働に関する話はこれからもちょくちょく書いていくだろう。

※何故34~5歳かというと僕がこの年齢になる頃に、丁度コミックマーケットが100回目(C100)を迎える見込みだから、その前後には這ってでもコミケに関わりたいというひそかな野望があるから。

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最後の「国民的作曲家」?筒美京平

アイドルや流行歌手(いつの時代の言葉だ)に比べると、作曲家ってあまりメディアに出ないし、超有名曲でも作曲家を知ってるか?と言われると答えに詰まることも多い。
そんな訳で少し前に長嶋茂雄、松井秀喜のダブル受賞があった国民栄誉賞。何となく過去の受賞者歴を見てみて思ったことが一つ。
作曲家の国民栄誉賞受賞者って、今一つ存在感が薄い。いやあ、凄いことは凄いんですけどね。
全員(古賀政男、服部良一、吉田正、遠藤実)が没後受賞で、いわゆる戦後の歌謡曲を作ってきた人だから、我々の世代には知名度が今一つです。
歌謡曲や流行歌なんてもはや死語になっている時代、「国民国家」なんて教科書の中でしか教わらない、実感できないかもしれない時代に、国民栄誉賞にいかほどの価値があるのか、今後選ばれる作曲家っているのかしら…と思ったら、
筒美京平という人がいました。1942年生まれで御年71歳だそうだが、ちょっと彼のディスコグラフィーを調べてみたら、
名曲が出るわ出るわ、
「ブルーライト・ヨコハマ」「木綿のハンカチーフ」「17歳」「夏色のナンシー」「わたしの彼は左利き」「また遭う日まで」「魅せられて」「ロマンス」「セクシャル・バイオレットNO1」「センチメンタルジャーニー」「スニーカーぶるーす」「ギンギラギンにさりげなく」「仮面舞踏会」「なんてったってアイドル」「卒業」「抱きしめてTONIGHT」「AMBISIOUS JAPAN」「綺麗アラモード」…

な…なんだこの人は!?
60年代から00年代に至るまで40年以上も、日本人なら何となく聴いたことのあるような曲をほとんど作っているではないか!この人の曲を一度も聴いたことのない日本人を探す方が難しいのでは?特に70~80年代は凄い。聖子明菜の双璧には殆ど曲を提供していないようですが、男女問わず聴いたことのあるアイドルソングを次から次へと大量生産しています。
「なんてったってアイドル」「センチメンタルジャーニー」のように、売上とは別にインパクトに残る曲も多い。
活躍期間の長さ、提供曲の数とレベルからみても、間違いなく戦後最高の作曲家でしょう。作曲家別売上歴代トップというのもうなずける。
都倉俊一・阿久悠・松本隆は知ってたけど何故かこの人の名はほとんど意識しておらず、経歴を知って愕然とした。打線組んで(※)日本シリーズができるレベル。
しかも竹達さんにまで曲を提供している「時空ツアーズ」とのこと。
本人がまた滅多にメディアに出ない(2012年にNHKで「稀代のヒットメーカー 作曲家筒美京平」が放映されたが、これがおそらく唯一の本格的なTV特集)人ゆえ、知名度は低いかもですが、
作曲家として5人目の国民栄誉賞受賞があっても全く異議なし、な人であります。
斜陽気味のJPOPでは、今後、こんな「国民的作曲家」と呼べる人はもうおそらく出ないでしょう。

※なんj(2chのなんでも実況J板)の定番スレの一つで、何かの人や物を打順のようにランク付けして並べて比喩するもの。
例:blog.livedoor.jp/nannjoy/archives/2047142.html

「日録21世紀」の妄想とニコ動・ボカロが世に出た年

前世紀末の、昭和マニアや近現代史ファン垂涎のコレクターズ・アイテム、「日録20世紀」、1998年で終わってしまったこのシリーズだけど、
もし「日録21世紀」をつくるとしたら、各号の表紙に載るニュースは何だろうか?
それを1999年から2012年までで考えてみた。実際の「日録20世紀」を参考にすると、単に「その年の重大ニュース」であればよいのではなく、「当時世間の耳目を一身に集めた事件・人物・社会現象」という基準でピックアップする必要がある。
そのような基準で選んでみたら、こんな結果になった。 

1999年:桶川ストーカー事件と警察不祥事、もしくは東海村臨界事故
2000年:バスジャック事件に代表される「キレる17歳」現象、もしくはシドニー五輪での高橋尚子らの活躍
2001年:911テロ
2002年:日韓ワールドカップ開催
2003年:阪神18年ぶりの優勝、もしくはイラク戦争
2004年:球界再編騒動、もしくは電車男ブーム
2005年:ライブドア事件、もしくは愛・地球博
2006年:WBCで王ジャパン優勝
2007年:初音ミクとニコニコ動画
2008年:秋葉原事件(リーマンショック)
2009年:民主党政権 オバマ就任?
2010年:尖閣ビデオ事件もしくはAKBグループの台頭
2011年:東日本大震災
2012年:東京スカイツリー開業


という風になるだろうか。01、02、09、11は大ニュースがあったから決めやすいが、めぼしいニュースがない年も多く、スキャンダラスなニュースや凶悪事件の方が目を引きやすい。
それでもこうして改めて振り返ってみると、2000年代も色々なことがあったなあと思う。「キレる17歳」(これで「キレる」が日本語に定着したと子供心に記憶している)とか少年法の議論とか覚えている人はどれくらいいるだろうか。2000年は政治的には、「神の国」発言とか加藤の乱とかもあったけど、変な言い方だが政治家では絵にならない。
扱いがややこしいのはライブドア事件で、ホリエモンが台頭したのは球界再編騒動のあった2004年、その後ニッポン放送のTOBをめぐってのフジテレビとライブドアの攻防や、2005年には所謂ハゲタカファンドや新興IT長者が時代の寵児になっていた。しかし堀江村上の両名が逮捕され、「騒動」から「事件」に進化したのが2006年である。2005年の出来事として扱うのがよさそうだが、04年や06年にも世の中を騒がせていたわけだ。こういうシリーズにはうってつけのネタではあるけど。
そしてこの中で僕が興味を持っているというか、言い過ぎかもしれないけど時代の転換点になった年だと思っているのが2007年。政治や経済で大事件があった年ではないが、前年末にできたニコニコ動画が台頭し、8月31日にはVOCALOIDの革命児、初音ミクが発売された年だ。
「ニコ動」と「ボカロ」のその後の隆盛は周知の通りで、10年代にはともに日本社会に不可欠なコンテンツになった。
どちらも、それまで企業やクリエイターにしかできなかった、「表現者になって認められる」ことを、著名人でもない市井の人々ができるようにした。作曲したり、歌ったり踊ったり、動画をつくって喝采を浴びる、その障壁をぐっと下げただけでなく、それ自体が文化として定着した。日本のみならず世界にも影響を与えた。21世紀の日本の大衆文化史に残る存在なのは間違いないと僕は思っている。
 まあ俺自身がぶっちゃけオタクってのもあるんだけどさ自分も出てる動画あるし
2000年代も前半期は巨人戦中継もあったし、JPOPもまだ勢いがあった。
しかし後半に入ると動画投稿サイトや多種多様なSNSが台頭し、世の中が明らかに変わってきたとは思う。経済的にも2000年代中盤に一度盛り返した景気が08年のリーマンショックで一気にやられ、09年には民主党への政権交代もあった。07~09年頃の政治・経済・文化における社会変動って、実は結構大きかったのではと思う。2005-6年頃と2010年代とでは、明らかに世の中が違うと今では感じる。
Youtubeも、ニコ動もツイッターもできたばかりだし。
 そうした社会が変わる、変えた要素の代表者としてのミクとニコ動を僕は選んでみた。
1953年にテレビ放送が始まり、映画やラジオを駆逐して茶の間にテレビが普及していく歴史は、力道山や王・長嶋・大鵬らアスリートの活躍とともにあったと、60年後の現代で語られている。勿論「日録20世紀」の1953年の号でも表紙を飾ったのは力道山だった。今そのテレビは、インターネットに溢れる様々なコンテンツにおされて斜陽化している。ニコ動もその一つだ。
何十年か後、ニコニコ動画などの動画投稿サイトの歴史を語るとき、あるいは逆にVOCALOIDなど音声合成ソフトの歴史を語るとき、それは長嶋や力道山とテレビの関係と同じように、
「ニコ動によってミクは日本の人気者となり、動画サイトはマスメディアに革命を起こした」と語られるかもしれない。21世紀が終わるころ僕はおそらく生きていないし、出版にせよネットにせよメディアがどうなっているのかも想像もつかないが、「動画投稿サイト」「VOCALOID、MMDなどの音声・動画・音楽制作ソフト」は、少なくとも現時点では、21世紀の象徴的なツールになっており、21世紀の生活史に残るのではないかと思う。
まあそんな大風呂敷を広げなくとも、「日録20世紀」にリカちゃんやダッコちゃん人形やインベーダーやらが特集されている時点で、「日録21世紀」があればミクが載るのは当確じゃないかと思いますが。

20世紀を回顧する最高のシリーズ「日録20世紀」

前世紀の終わり、1997年から99年頃にかけて、「日録20世紀」という雑誌が講談社から毎週発行されていた。
20世紀が終わりを迎えるにあたって、1年1冊形式で、20世紀の100年(正確には20世紀が終わる前に完結してしまったわけだけど)を振り返ろうという趣旨のシリーズだった。
今、「世界の偉人」とか、「週刊日本の名城」のように、テーマに基づいて薄い雑誌が毎週発行されているシリーズがあるが、それと同じものとみていい。
各号の内容は、その年の出来事を、教科書に載るような大事件から世間を騒がせた犯罪やスキャンダル、スポーツや芸能、文学・美術の流行や流行語に至るまで、写真と記事でまとめたものになっていた。シリーズ完結は1999年なので、1900年から1998年までの99冊と、明治時代をまとめた1冊、それにスペシャル版が20冊で合計120冊の構成だ。
当時僕は小学生で、その頃からは歴史好きではあったけど、、親が何故か全冊買いそろえてくれて、これに病みつきになっていた。この「日録20世紀」とNHKの「映像の世紀」によって、古代でも中世でも戦国でもなく近現代(政治に限らず音楽・軍事・マンガ・芸能なんでもあり)を生涯の趣味とする僕の運命は決したといっても過言ではない。今も実家にあるけど、僕にとっては家宝も同然で死ぬ迄手放すことはないだろう。

今、大きな図書館などにはあるが、それ以外では古書市場やネットオークションやアマゾンマーケットプレイスとかでしか入手できない。全冊揃っているのは本当に奇跡だ。両親に感謝しきりである。

各号の構成はその年の大きな出来事を3つか4つピックアップして特集ページを組み、他には流行語や流行歌、その年のヒット商品や話題になった人物を取り上げるコーナー、
「フォト+日録で振り返る24時間365日」というタイトルで1月から12月までの出来事を記録するメインページで
構成されていた。
表紙はこんな感じ。
週刊 日録20世紀1941昭和16年週刊 日録20世紀1941昭和16年
(1997)
近藤達士

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日録20世紀 1970年日録20世紀 1970年
(1997)
講談社

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日録20世紀 1975年日録20世紀 1975年
(1997)
不明

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日録20世紀 1953年日録20世紀 1953年
(1997)
講談社

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週刊 日録20世紀週刊 日録20世紀
(1997)
近藤達士

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(1冊単位だと結構古書で出品されてるけど全冊は難しいね…)

その年のニュースや話題になった人物の写真と見出しタイトルがつく。1946年の号の表紙が原節子でタイトルニュースが東京裁判になっているように、写真とタイトルは必ずしも一致しない。
大きな出来事がない年は芸能やスポーツのニュースが表紙を飾ることも多く、1980年は山口百恵の引退、1983年は東京ディズニーランド開業だったりする。また必ずしも政治的なニュースが優先されるとは限らず、1974年の表紙は(金脈問題をさしおいて)小野田少尉と「ベルばら」ブームだった。
それから1914年の表紙が第一次大戦をさしおいてその年開業した東京駅だったりして、国外より日本国内の話題が優先される傾向もある。
1998年以前数年の表紙の写真とタイトルになったニュースはというと…
1991年:雲仙普賢岳噴火(ソ連崩壊や湾岸戦争をさしおいて!?)
1992年:尾崎豊急死(他になかったのかよマジで)
1993年:皇太子殿下結婚
1994年:向井千秋さんのスペースシャトル搭乗
1995年:阪神大震災
1996年:ペルー日本大使公邸占拠事件
1997年:酒鬼薔薇事件(写真はロシアのタンカーナホトカ号の原油流出事件)
1998年:横浜ベイスターズ日本一

もう忘れられたようなニュースも表紙を飾っていた。しかし98年にベイス日本一が表紙を飾るとはねえ。
1975年もカープ初優勝が表紙だったけどこっちは被爆都市の市民球団の初優勝という意味では、歴史的意義は横浜日本一より大きかったとは思う。
まあその後ベイはご承知の通りとんでもない暗黒に落ちたわけで、カープとは別に歴史的意義はあるといえばある。当時の編集サイドとしては単に時流に乗っただけなんだろうけど。
この時期には朝日新聞の日曜版で連載されて書籍化や映像化もされた「100人の20世紀」とか、
20世紀を回顧する特集をよく見かけたけど、この日録20世紀が一番面白かったと思う。1998年で終わってしまったこのシリーズだけど、
政治・芸能・スポーツ・犯罪・事故・文芸・歌謡から映画・スキャンダラスな話題や単なる流行に至るまで記録されていたから、「一年を回顧する」書籍としてもなかなか秀逸で、
21世紀になって10年以上が経過した、これまでの出来事も「日録」同様にシリーズにしたら面白いだろうなと思った。
その、日録20世紀ならぬ「日録21世紀」ができたらどうなっただろうか、という想像を次の記事に書いてみる。

演劇、という言葉

前にも似たような記事を書いたけど、

演劇、という言葉から、人はどんなものをイメージするだろうか。
ミュージカル?歌舞伎?大衆芝居?小劇場演劇?それとも大学や中高の演劇サークル?バレエ?前衛劇?朗読劇?
それほど演劇には様々なジャンルがある。

しかし、あくまで僕自身の考えでしかないが、狭義の「演劇」は、「台詞の比重が大きく、脚本や役者の演技が魅力になるもの」というイメージが強い。
そして、数千人規模の大劇場ではなく中・小劇場での少人数での興行というイメージ。大学とかも含めてね。
アングラな小劇場とか公共の文化施設を借りて公演をやり、
中の人達はバイトと掛け持ちしたりしてカツカツだけどスポットを浴びることが大好きでやってる…
「演劇」「劇団」という言葉にはそんなイメージがつきまとっている。
東宝や四季や宝塚がやってるミュージカルはミュージカルで、一つのジャンルとして
独立して扱った方がしっくりくる。歌舞伎は伝統芸能と言った方がいいし。

そういうイメージを持っているので、宝塚を単純に「演劇」にカテゴライズするのにはちょっと抵抗があるのだ。
広義には「演劇」に入るのは間違いないが、何といってもショーがあるし。
特にショー・レビューなんて芝居じゃないし、
現に2本立て興行の場合、芝居にはハナから期待せず(半分くらいの確率で途中眠くなる)アイドルや流行歌手や声優のライブと同じ感覚でレビューを観てる人間なんで。

だから、自分で劇団やってきましたとか、学生時代演劇サークルにどっぷりつかってたとか、
演劇学を学んできたとかいう人(まあぶっちゃけ会社の同僚にいるんですけど)に比べると、
とても演劇好きなんて言えないなあと思うのです。
宝塚以外の舞台に興味がないわけじゃないんだけど、
いろんな興行がある中で、
普通の演劇とライブイベントだったら後者を取る身なんでね。



ヅカのショーで使う曲―洋楽編

ショーで流れる洋楽の傾向ですが、主に
いかにも宝塚!なシャンソン
ジャズのスタンダードナンバー
50~80年代のポピュラーソング
ラテンミュージック(当然ラテン系の作品に多い)
の4系統に分かれると思われます。
シャンソン以外の2系統についてですが、
ジャズではIts don’t mean a thingやIt's all right with me、The continental、Take the A trainなどの1920~50年代くらいの曲をよく使います。
これらはジャズがテーマのショーで頻出します。具体的には三木先生のショーで多いです。

結構ショーがきっかけで覚えたジャズの曲も多い(といってもジャズそのものに関してはまだまだ全然詳しくないんですけどね)
ポピュラーソングの方は具体例を挙げますと、
Final countdown
Hero (ボニータイラーの曲)
Copacababa
ゴールドフィンガー(007ゴールドフィンガーの主題歌)
などを使ってます。
そして洋楽の場合、大幅なアレンジがなされていて一見原曲とわからないものも多い。
またもmisty stationになってしまいますが、
Alone againという曲がフィナ―レでとてもおしゃれにジャズアレンジされていて、それと気づかなかったし、自分が後で原曲を聴いたけどジャズアレンジの方がはるかに好みだった。
TCAから発売されている公式DVD(ただし著作権上の理由で一部の曲だけカットされたり差し替えられたりすることもあります。その辺は演出家の配慮が問われるか)同封の解説書には楽曲リストもあり、原曲を分析しているサイトもあるので、これらを考察するとなかなか面白く、音楽そのものの知識も広がる。
まあさすがにロックやテクノ、ボカロソングなどはまだありませんが。

宝塚を「演劇」としてみてしまうと、どうしても脚本や演技に目が行ってしまうかもしれませんが、
「ショービジネス」として、劇中の音楽に目を向けてみると、結構奥が深いのであります。

宝塚のショーで使う曲 邦楽編

宝塚のショーは芝居とは違い、台詞の代わりにほぼ通して何らかの音楽が流れます。
使う曲の数も多いので、オリジナルの曲以外にも外部の音楽をよく使います。
ショーの主題歌は基本的にオリジナルで専属の作曲家がつくるけど、1時間弱のショーの中の曲を全部作るほど作曲家もアイデアが溢れるわけではないし。
宝塚だからバレエやクラシックやシャンソンの曲ばかりかと思いきやさにあらず、意外と現代の音楽からの引用も多いのです。

そんな音楽をまとめた動画シリーズも実はありまして

この動画だけでも
奥村愛子
椎名林檎
サザン
DA PUMP
を使っている。

他にも
「リオデブラボー」ではジュリーのOh!ギャルを
「シャングリラ」ではピアノジャックの「台風」を
「Misty Station」に至っては、
魂のルフラン
集結の園へ
PRIDEのテーマ(世界最強の国技SUMOUのMADのBGMとしても有名)
Fantastic city(レスラー蝶野正洋のテーマ)
PE.Zの曲多数


を使ったことがあります。
また、斉藤恒芳さんという、
テレビ・ゲーム・アニメ等に広範に楽曲を提供している作曲家がいますが、
この人の曲も時々舞台で使われてます。
宝塚のためのオリジナルの場合もあれば、他の作品からの引用もあります。

↑な原曲が、↓のようになります。


http://www.nicovideo.jp/watch/sm9788130
↑このHeat on Beatの黒燕尾ダンスの曲のような荘厳さと哀愁が混じった曲調が斉藤メロディか



全部の公演でこういう引用がなされるわけではないですが、
ヅカと言えばベルばら、「愛それは甘く~」のイメージしかない人にとっては意外と思われるでしょう。しかしこの何でもありのごった煮ぶりもまた宝塚の不思議な魅力でもあります。
もともとはコスチュームプレイが専門の劇団でも、オペラやミュージカルが専門の劇団でも何でもなく、
遊園地のアトラクションとしてできた劇団で、大衆芸能からスタートしたわけで。
流行歌をふんだんに取り入れていてもおかしくない。
もちろん邦楽のみならず洋楽のバリエーションも多様で、それを次回に。
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